神様のはからい
歳のせいかもう
ずいぶん涙もろくなってしまった
何でもすぐに涙の対象に見えてしまうのだ
どうしてこの世にはこんなに
悲しみや苦しみが多いのだろう
イエス・キリストもお釈迦様も
この地上のあらゆる苦しみを救うために
人々の前に現れ 人間の罪を背負って
その苦しみ 悲しみを一身に引き受けて
あの世に逝かれたのではなかったのか
出来ることなら私が代ってそれを一身に背負って
あの世に逝ければどんなに良いことだろうとも考えたが
これほど傲慢な思いつきはないと気づいた
それはもしかしたらこの世の人間への
神様の途方もないはからいなのかも知れない
苦しみや悲しみを知らない人間ほど
人に対して非情になれるのだ
それはいまこの地上で繰り返されている
ありとあらゆる暴虐な出来事、事件を見渡せば
すぐにわかることだ
人の痛みや悲しみ 苦しみに少しも思いが至らない人間が
それを平然とやってのけるのだ
やむに止まれず行った犯行だと言っても
その時にはその感情は頭にはない
それに思いいたればそんな非道なことが
出来るはずがないのだ
私たちはこれまでいつも世界中のひどい事件をたくさん
見聴きしながらその惨たらしさ 非道さに心を痛めてきた
その被害にあった人の悲しみ苦しみへの言い知れぬ
深い共感の感情を抱かずにはいられなかった
だから人へのやさしさと愛の大切さを教えられてきた
それが正しく育っていない人ほど
自己中心的で人への優しさなどかけらも感じないのだ
きっとそうだ これは人間が愛と優しさに気付き
そのことに目覚めさせるための
神様の深遠なはからいなのかも知れない
それに気づく人が増えないと人間の世は滅びるのでしょうか
ああ神様 でも
どうしていつも犠牲になるのは
弱い立場のひとなのでしょう
私はそれが悔しく悲しくてなりません