自作詩歌 木洩れ日の記憶

  歩く

デジタルの時代になって
テレビ画面の時刻が
01分から02分に切り替わるように
東京の隣は名古屋
名古屋の隣は大阪になった
窓外の風景は早送りの映像となって流れ
瞬時に跡形もなく消え去る
ボタンひとつで入れ替わる
チャンネル化した風景に
それを目にするわたしたちの感激は薄い
今日もいきなり車とともにやってきて
観光誌上の風景(スポット)を見つけて歓声を上げは
カメラに収めてそそくさと立ち去る人々
途中という労力と時間をスキップして
美しい風景とは一体何であろうか
わずか5分の距離も
歩けば展がる曼荼羅の世界
見慣れた風景をたどっても
常に変わらぬ堅固な景色と
刻々と移り変わる変幻自在な景色が入り混じり
それらを経過せずに本来目的地には
達し得ないのだ


歩けばわたしの前に
季節の花が咲き
鳥がさえずり
風が舞い木の葉が涼しく揺れる
水のつぶやきとおしゃべりが聞こえ
さまざまな音の風景が広がる
歩かなければ得られない
たくさんの景色に出会い
歩いただけの時間と距離の
アナログな世界を全身で感受すれば
生きた時間はこの上なくいとおしい


歩くことは
まるごと人生
一度しかないその瞬間に立ち会うこと
自分を時間に刻むこと
だから歩こう
自分の足で
目と耳と心を研ぎ澄ませて