自作詩歌 木洩れ日の記憶
   鏡の前で  


鏡に映った自分の顔をみながら
私はふと考える 
人は どうして鏡の前ではこんなにも
生のままの自分でいられるのかと


鏡に映ったおまえは
全くの私で
そのしぐさで そのまなざしで
私を見つめる


鏡の前にひとり静かに向かうとき 
人の心は なぜか別世界から帰ったように
敵意も警戒心も
すべての装いをはずした
赤子のように無垢で素直な自分に出会い
ほっと心が和む時が訪れる


世界中の鏡の前で
人々は みなきっと同じように
いろんな顔をして
寸部も違わぬ自分と向き合い
素顔の自分を眺め
何から何まで同じように
泣いたり 笑ったり ためいきをついたりする
自分だけにみせる本当の自分の顔に
もどるのだろう


けれど 人はみな鏡の前を過ぎると
急に異った顔で 
よそいきのそぶりとまなざしになって
そそくさと鏡の中に素顔を置いていくのだ。
鏡はたったひとときの素顔の時間…


そして 鏡はまた すべてのひとを
わけ隔てなくおなじようにうつす。
冠と宝石で華やかに着飾ったクレオパトラも
戦で荒れ果てた廃墟の中に暮らす襤褸をまとった少女も
戦争や選挙に勝ち誇って見せる大統領の笑顔も
爆弾で手足をうしなって悲しむ子供たちの泣き顔も
時間や距離や大きさや 縁飾りのあでやかさを超えて
鏡にうつっているのは いまのそのままの真実、
ひとは鏡のように真実を正確に映してみる目を
いつかもてるのだろうか


私が鏡にほほえむとき
鏡は ほほえみを返す
私が不安げな顔をすると
鏡も不安げな顔で私を見返す
私がそ知らぬ顔のときどき
鏡はそ知らぬ顔で そっと私をうつす
そしてきまって言うのだ
素顔のあなたが一番素敵だと 


私の心はいつになったら
すべてのひとびとに だまってそよ風をおくる
やさしい鏡になれるだろう