自作詩歌 木洩れ日の記憶

  見えるものと見えないもの


私たちは、いつも目に触れる美しいものに

目を奪われ、感動し、日々生活している

けれど、ふりかえって見れば、意外に

上っ面しか見ていないことに気づかされる

たとえば

自分の住んでいる家もよく眺めてみると

屋根と外壁のレンガと窓や玄関、土台のコンクリートと

色とりどりに綺麗にできているが、それを支えている

木の柱や使われている鉄筋などはもちろん

外には見えないように作られている。

けれど、それ無しに家は建たない、それらは家を支える

大事な役割を果たしているのだ。

いや、それだけではない、

家を建てるために、入れ替わり、立ち替わり働いてくれた

大工さんや、工事関係の人たちの想いと、匠のワザと技術が           

すべて、この家に込められているのだ。

そうやって眺めてみると、我々とともに年数を重ねてきた

この家というのもいまさらに、あちこちにそのあとを見直す          

ことができて、一層の愛おしさと感動を覚えるのである。

果実一つをとっても、

それを実らせるのに、育てる人の

どれだけの手間や苦労があっただろう

どんな土地で育ったのか

花を付け実を結ぶまでに、虫や風や日差しや

その土や水がきっと大きなたらきをしたことだろう

どれだけの命やちからが、それに関わったのだろう

いつしか、私たちは

眼に触れる外面にだけに目を奪われ、

隠れている大切なもの、見るべきもの

見えないものを見ていないことが多いことに

あらためて気づかれるのだ

もっと、見えないものを深く見る眼を養いたいものだ